ココロがポキっとね・・

 今日は銀行に行くついでに行きつけのカフェに寄った。

したらカウンターにいつも話してる知的で穏やかなK氏が座ってた。フツーに隣に座った・・

いろいろしゃべるうちに腸内細菌の話を彼がしたので、ここぞとばかりに千島学説やら毒だしやら遠藤亮及氏のタオ指圧のこと、カラダとココロが一如であること、なんかを話した(ブログ以外ではほとんど話さないが)。

けど返しがハズレてておかしい?、この人わかってないな、って気づいた・・・

それにいつもと違ってこの人の「氣」が粗い??って思った。けど話し続けた・・・

このあとの内容は以下のあるネット仲間との対話を読んで下さい!

 

ISOJI

いつものカフェに行ったのね。したらK氏がいて、それでいろいろ話して「外壁と屋根の塗り替えを連休前に業者に頼んだらまだ打ち合わせに来ない!」って言ったら、発注者が悪いって言う。

発注者ってもしかしてワタシ??って聞いたら、そう、頼み方が無知だって言う。

「だってデンワで外壁と屋根をお願いします!って言えば、普通は数日後に打ち合わせに来るでしょ」って言ったら、「自分の頼み方が悪い上にウジウジやってる!」とか言うし、、その通りだけど事情ってのもあるし、、起きた結果を批判してもねぇ~~、しかも言うことにいちいち反論してくるし、、

最後は「そんなんじゃあ、一生いい工務店に出合えない!」だって。そこまで言うかよ!

なに言ってもバカだのチョンだので、、コトバの邪気が飛んできて心の臓に刺さるというか、、

で、徐々にワタシの爆発炎上許容量に近づく(ここまではいつものワタシ)、、スイッチONになる、、

「グチを聞けないヤツは慈悲のココロがないんだわ!」って言った。

(※慈悲とは・・・仏・菩薩 (ぼさつ) が人々をあわれみ、楽しみを与え、苦しみを取り除くこと。

2 いつくしみ、あわれむこと。なさけ。)

普段はほとんどふざけた会話のワタシに驚いたのか?、いきなり「怒らせてごめん」だって。さんざいいオトナに刺さること言っといて簡単に詫びるっておかしくね??

こちとら邪気が刺さったままだしスイッチONのままだもん「アンタ、血圧が高いし不整脈もあるし、きっと薬の量がオーバーなんじゃね??冷酷さは心臓にくるし..」とか言いたかったけど、カフェのカウンターだしここは抑えた。しかしK氏、まるで別人だったべ!外と内とがまるで違ってるし・・

カウンターの中で聞いてたマスターが「うちもベランダのテントがまだ途中なのに来ないよ」って言った(ちなみに同じ工務店)。水を得た魚状態で「ほら、ここだって来ないじゃない!全部自分の固定観念で人を責めてる!!」ってワタシが言ったら反論なし??ヨエー!!、、したっけすっきりしてスイッチがOFFになったわけ。

か弱い女子が一人でコツコツ働いて、大枚はたいて壁や屋根を補修するつうのにもーーー、、

応援するようなコトバをかけられないもんかね??

ちなみに「グチを聞けないヤツは人として最低」って言ったのはニーチェ、いや確かゲーテだったかな。

 

あるネット仲間
やっぱ薬とか、カラダの影響だろうね。そういう普段と明らかに違うのとか。
直ぐに、妙に丁重に謝罪したりってのも、いかにも自分をコントロールできてない感じ。

カラダって、元気でも重いんだよね。
物理的に人間って重いじゃん。実際、自分と同じ重さのモノを持とうと思ったら、相当大変だし持てないかもしれない。それをホントに微妙なバランスで直立させ、動かしてる。
身体的な不調はもちろん、精神のバランスが少しおかしいだけで、その重さを支えられなくなる。

そして薬は身体と精神、双方を壊すよね。それに「薬」と名付け、「飲まないと死んじゃう」って言いながら、自分でのむ。ものすごく暗喩的、かつ明確に「人間」を表しているよね。反自然存在としてのヒト種を。

K氏や、我が国の首相=全世界の政治、には「反自然」が通底してる。

根っこのシステムが壊れたまま、訳もわからず生きているように見える。

表面を何とか取り繕ってはいるけど、わずかな崩れがあっと言う間に破局的崩壊を招くような脆弱さで。

支配階級の混乱…そのK氏が一瞬で馬脚を表す様や、安倍首相や官僚(=我が国トップレベル)が一丸となって、前近代に戻ろうとしてるの見ていると知性や教養って、「表面の取り繕い」を強くするくらいしか、使い道が無いのかもしれないって思っちゃう。

少なくとも、現在の世界に適用されているある種の身分・階級・階層制度、そしてそれを養成するシステム=教育が、根っこから間違えてたってことだよね。これからの200年位は、教育をつくり直す時代なのかもね。

それってやっぱり、身体の言葉なんじゃないかなあ。

 

ISOJI

キミ、いいこと言うねぇ~~、こちとらK氏の毒受けでちと具合悪いよ。
向こうが腸内細菌のこと言うので、ドヒャー話がわかるかも!ってヒエトリとか千島学説の話なんかしたのよ。
そんで自分の常識と違う理解できない話をしてるワタシにムカついてキレたのかも。

固まってて聞く耳なしだもん、、なんか可哀想、、
能あるタカは..とか言うけど阿部首相もK氏もある意味まるで能無しやね。
アタマだけの会話ってコトバが刺さるし、カラダに悪い。

会話中におかしい氣を感じたときにやめればよかったのかな?って思ったけど売られた喧嘩は買わねばいかん。
しかし、、年配で話ができる人っていないよね。みんな固まってサビが出てるよ。
特にカラダとココロが一如ってことなんかは否定的、薬でカラダが治るとマジで思ってるし「薬はカラダの材料じゃない!」なんか行った日にゃあブチ切れるし、人工毒の溜まったオヤジ達が政党幹部じゃ戦争にもなるべ。

 

最後に・・・

多くはこれを読んで単なる喧嘩、どっちもどっちじゃん。て思うよね。でもこれが大事なんですよ。起こる事はすべて必然、教材なんだわ。ワタシはK氏にもこれを読んで欲しいって思ってる。だって彼、固定観念の自分、プライドだけで生きてるからかなり苦しいんじゃあ。それだとホンマの内在する温かな自分に一生出合えない、、会話なんてジョークだけでもいいものを「これが正しい」って観念で固まって最後は世の中の変化についていけなくなるし変化できない。アタマが固まればカラダも血も固まるわけで、病気なんだわ。この先が心配やね。

 

シャバは所詮、「これが正しい」ていう固定観念のぶつかり合い。そして固定観念は冷えや争いを呼ぶ・・。

かといって固定観念があるからもっと心地いい方向に行けるわけで「毒あって甦る!」、人との関係も固定観念をぶつけ合い、感情を出し合い、労わり合い、応援し合い、、そんなたくさんの仲間と繋がりたいと思う。

 

話し変わるけど、今やってるテレビドラマ「ココロがポキッとね」はチョーオモロイ。

感情を素直に出し合い労わり合える仲間っていいなあ!って思いつつ観てる。傷みのわかる人になりたいよね。

それには「アタマコトバ」じゃなくカラダの奥の慈悲、慈愛をのせた「カラダコトバ」てしゃべること、そしたら一方的な冷えた刺さる会話にならない。会話は背伸びせず今の固定観念でいい、要は、お互いが元気になるジョークいっぱいの温かいカラダトークがいいよね。この喧嘩でココロがポキっと折れたのはK氏の方かも・・。

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ココロがポキっとね・・」のコメント(4)

  1. かりん より:

    いそじさん、今日パンを頂きました\(^o^)/いやーー!相変わらずの安心感と美味しさに大感激でした!小諸のお~屋で、毎日作り続けて下さるいそじさんの存在&温かさをすごく感じた今日でした。リブレスコーン絶品ですね!また絶対リピートします(^_-)-☆さて。慈悲慈愛をのせた「カラダコトバ」は人にとって栄養なのかもしれないな~なんて思いました。互いを想いあい贈りあうそれはには、体温があるように思います。贈りあう中で魂も磨かれている氣もしますし(^_^)アタマの理屈や固定観念からスルリと流れて、笑いながらカラダ感覚で過ごしていきたいっすね♪

    • まじっすか\(^o^)/、、嬉しいコメントありがとね。
      パンはワタシにとっては芸術でもあって、魂を込めるほど味が出るわけね。なので一生もんの研究なのですよ。なのでまだまだおいしくなるので乞うご期待!!
      かりんちゃんの言うとおりなんだわ(^_-)、「慈悲慈愛のカラダコトバは栄養」っての。
      タオ指圧の遠藤亮及氏なんかココロに刺さった傷が経路とかツボに出てくるって言ってるのよ。施術者は自分を無くし(タオ心になる)患者と同じ気持になることで傷みは癒される。病気はずっと過去からのココロに刺さった傷とまで言ってるんだわ。それをパフォーマンスで瞬時に治してるわけね。昔、赤痢や結核なんかの菌を薬で殺して人類は長生きするようになったので、そこからどんどん人工治療が進み、人々もココロの問題を忘れて人工治療にすがるようになったそうな・・
      ホンマの薬ってのは、やっぱカラダの奥の愛なんやね。タオ指圧的に言えば、それがちゃんと満たされてれば元気、不足すれば病気、かな。

  2. かりん より:

    いそじさんもちのろん、まじっす!一生もんの研究&進化めちゃめちゃ期待しております~!
    カラダの奥からちゃんと満たされると不安は無くなり幸せや安心感に包まれますね。元気いっぱい頑張れる自分でいられます(^_^)「施術者は自分を無くし患者と同じ気持ちになることで、傷みが癒される」これもじーんときました。私は以前リフレクソロジーの施術者として働いていました。集中していると段々自分とお客様の境目がなくなるんです。お互いのカラダが一体になるイメージで。エネルギーのような…温かいものが廻るんです、輪のように。そういう時はまさしくアタマではなくカラダの感覚で繋がれていたな~と感じます。今の職場では刺さるアタマコトバも受けますが(笑)いそじさんおっしゃるようにそれは必然であり、自分にとってタイムリーな教材です。内なる温かな本当の自分に出逢う為にo(^-^)oワクワク

    • そうなのよ、ワタシもお店やってた時は自分を無くし相手になって話してましたね。それだといつまで話しても疲れないし相手も自分も楽しいわけね。それやってたら次も話をしにくるし、仕事が出来なくなるしで店をやめたわけ。したら一人ぼっちになったわけ。一人は自分と常に向き合えるし気楽なんだけどね。でもジョークを言う相手がいない。たまにカフェでふざけてるぐらいで..。

      今読んでる本に、「長寿村の老人たちはいつもジョークを言って仲間とコミュニケーションとってる、それが長生きに繋がってる、100歳でも身軽で脳も至って健康・・」とか書いてあるし。だとしたらチョーヤバメ(~_~;)。。先々、そういったイカシタジョーク仲間と暮らそう!って思ったり、、でも暮らすとなると女子はいいけど男子は固まってていいのがいないしメンドイし(>_<)モジモジ、、 やっぱ今のとこ温かな内なる自分&自然と一緒がいいやねワクワク

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